地域復興調査研究協議会
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地域復興調査研究協議会とは
地域復興調査研究協議会(略称 復興研)は見附市今町地区の各団体の代表および有識者によって構成されています。
 2004年に新潟県を襲った「7.13水害」および「10.23中越地震」により、見附市今町およびその周辺地域の変貌が現実になることをきっかけに昨年2007年11月より調査研究を始めました(詳細)。

今町ふっこうけんライブ

2009年1月29日(木曜日)

地図の上に今町を再現

カテゴリー: - admin @ 17時15分17秒

現在グループ2「歴史・郷土史(仮)」では今町班と中之島班に分かれて、
それぞれの地区の戊辰戦争直後の町の様子を再現するプロジェクトが進行中ですが、
中間発表を控えたこの1月28日に今町班が集まって、
とりあえずのまとめとして、
これまで集めた情報を実際に地図上に展開する作業を行いました。


大店であれば百数十年前でもけっこう情報は残っているもので、
屋号を聞いただけではぴんと来なかった昔の今町が、
次々と地図の上に蘇っていきました。


2009年1月27日(火曜日)

寺山誠太郎さんにお話を聞く

カテゴリー: - admin @ 17時36分29秒

この1月24日にグループ2「歴史・郷土史(仮)」のメンバーは
2丁目に在住で1922(大正11)年生まれの寺山誠太郎さんのご自宅にお話を聞きに伺いました。
今町に在住ならば、寺山誠太郎さんのお名前をご存じなくても、
ご自宅に掛かっているこの看板ならわかるという方は多いと思います。

寺山誠太郎さんはこの看板のとおり鋸の目立て職人ですが、
その傍ら、保護司やボランティア活動で地域に多くの貢献をされてきた方です。
古物商も営まれていて、今町の歴史にも詳しく、
古い文献や貴重な事物を多数お持ちです。
戊辰戦争のとき使われた銃弾や大砲の弾を見せていただきました。

今回グループ2のメンバーが寺山誠太郎さんのご自宅に伺ったのは、
先にも書きましたが、戊辰戦争当時の今町の地図を再現するプロジェクトで、
今町のどこにどういう商店やその他の建物が存在していたか、
という情報を伺うためでした。

寺山さんのお話を聞いて驚いたのは、
明治から大正にかけての今町には今では考えられないほど大工がたくさんいたことです。
桶屋や紺屋といった今町にもう存在しなくなった職人がいたことも語ってくれました。
桶屋は字面で想像がつくと思いますが、
紺屋というのは紺で染めることを生業としていた商売です。
紺で染めるといっても、
今町で一般的な紺屋は、見附で今日でも見かけるようなプロ向けの染色業ではなくて
農家で自家用のために作った布を染めることを主にしていました。
あと明治ごろの今町の商人のリストを見ていて、
「雑穀金引商」という見慣れない言葉が出てきたので
寺山さんに「金引」とは何を指すのかと尋ねたところ、
「かなびき」と読んで麻のことを指すことが分かりました。
麻の加工品は当時金引苧(「金引」とは「金と引き換え」の意味で、かつての現金化が容易な麻取引の繁盛ぶりを表しているそうだ)といって、
明治〜大正にかけては繊維の原料として米と並ぶ重要な今町の特産品で
農村部で栽培が盛んに行われており、
今町の豪商たちの米と並ぶ収入の二本柱でした。
寺山家も昔は鋸職人になる前は麻の取引を生業としていました。
かつては家のすぐ裏が刈谷田川だったので、
そこに置いた舟を使って、
安田など近くの農村部から取れた麻を買い付け、
網などの需要の多い寺泊に売りに行くという商いをしていたそうです。
ところで最近は環境にやさしい植物として麻が見直されています。
その繊維は成長がはやく森林を破壊しない優れた紙の材料であり、
その実から取れる油は1930年代にフォードがガソリンの代替品として本気で研究したほどの、
優れたバイオディーゼルだそうです。
そんな中、今町の歴史の中での麻の役割を再発見してみるのもいいかもしれません。

寺山誠太郎さん、ご協力ありがとうございました。


2009年1月26日(月曜日)

星野雄三郎という人

カテゴリー: - admin @ 04時42分25秒

1月24日、グループ1「とりあえず凧」のメンバーは、
凧民謡「よっしょい節」の歴史を調べるために、
1915(大正4)年生まれで1丁目在住の星野あやさんのご自宅にお話を聞きに伺いました。

星野あやさんのお父さんである星野雄三郎は、
1929(昭和4)年、今町に凧民謡が作られる過程において、
プロデューサーとして深く関わった人です。
以下は星野雄三郎の遺影です。

そのため作詞者の北原白秋や振り付けを行った花柳徳次の書簡が
凧民謡の成立に関する資料が多数残されています。
あやさんも作詞の取材のために今町を訪れた白秋を接待したそうです。
以下は凧民謡の楽譜の原本です。

星野雄三郎はもともと小学校の教師をしていましたが、
その才を見込まれて、
当時の今町銀行(後に第四銀行に合併)の頭取の一人である久保宗吉によって抜擢されて、
その役員になり、
後に今町唯一の酒蔵であった日本刀酒造(現在は廃業)の社長になりました。
星野雄三郎を抜擢した宗吉の実家である久保家は地主と金融を兼業して多くの財を蓄え、
それを元手に久保宗吉は東京に住んで、
手広く事業を行っていました。
久保宗吉はそうした財力を生かし
大正から昭和初期にかけての北原白秋や相馬御風のような、
当時の日本の第一級の文化人たちと交流しました。
星野雄三郎は故郷の今町を離れなかったのですが、
久保宗吉のそうした人的ネットワークを通じて彼らと交流し、
PRを兼ねて積極的に彼らを今町に呼びました。
凧民謡はそうした交流の賜物といって過言ではないでしょう。
凧合戦と今町が気に入った北原白秋は、
取材を兼ねて長期にわたって今町に滞在し、
現在は3番までしか歌われていませんが、
本当は10番もある凧民謡の後のほうで、
積極的に方言を取り入れるというようなことまで行っています。
星野家には文化人たちが今町に立ち寄った際に
残していった貴重な文物が存在します。
以下は相馬御風の残していった扇です。

岡本一平(画家・岡本太郎の父)や池部鈞(俳優・池辺良の父)などの漫画家も
星野雄三郎は招待し、凧合戦の様子を描かせました。
特に池部鈞との交流は深かったらしく、
多数描いた絵が残されていました。
以下は池部鈞の描いた風神の掛け軸と凧と年賀状です。


星野雄三郎は多才な人で池部鈞からの指導を受けて漫画も描いていたそうです。
佐野良太率いる今町の俳句結社「みのむし会」に参加して俳句もよく作っていたそうです。
また信濃川治水で有名な中之島出身の代議士・大竹貫一を通じて、
孫文やアギナルド(フィリピンの独立指導者)を支援した頭山満や、
戦中に東条英機に対して倒閣運動を行ったことで知られる中野正剛などの
玄洋社系の政治家とも交流し、彼らを今町に呼びました。

手前が頭山満が残していった掛け軸の箱で、
奥が池部鈞の残していった掛け軸の箱です。
あと星野家には中野正剛の残していった色紙もあるそうです。

こうした交友範囲を見ただけでも、
星野雄三郎は相当スケールの大きな人物であったことが伺えますね。


2009年1月23日(金曜日)

グループ2「歴史・郷土史(仮)」 第6回WG

カテゴリー: - admin @ 12時41分48秒

この1月21日に、
グループ2「歴史・郷土史(仮)」の第6回WGが今町公民館で行われました。
グループ2は現在明治はじめごろの今町・中之島の地図を調査し、
紙やネット上で公開するプロジェクトが進行中です。
この日もその一環として、中之島や今町の旧家から古地図を借りてきて、
「ここは現在どこの家だ」という情報や知識の交換を行いました。

現在グループ2は他にも今町・中之島地域の古い地図の情報を求めています。
もし有りましたら事務局までご連絡ください。


2009年1月22日(木曜日)

グループ6「今中広報かわらばん」 第10回WG

カテゴリー: - admin @ 05時12分21秒

1月20日にグループ6「今中広報かわらばん」第10回WGが行われました。
内容は主に2月初旬に配布されるいまなか風便り3号の校正でした。
両面とも記事が埋まり、この号の最終稿になることもあって、
真剣な議論が交わされました。


2009年1月19日(月曜日)

今町子育て支援センターの凧ちょうちん

カテゴリー: - admin @ 06時30分56秒

グループ1「とりあえず凧」の作った凧ちょうちんが、
このたび、常設的に今町子育て支援センターに飾られることが決定しました。


ぜひ、一度見に来てください。


2009年1月18日(日曜日)

天神さま人形の絵付け

カテゴリー: - admin @ 11時38分40秒

前にもここで載せましたが、この1月17日に、
今町べと人形の一つ天神さま人形の公開絵付けが、
グループ3「今町べと人形」のメンバーの指導のもと、
今町子育て支援センターで行われました。

参加したのは桜保育園の園児の父兄や今町中学校美術部の生徒の皆さんです。
ここで絵付けした天神さま人形は桜保育園の卒園する園児の皆さんや、
今年今町中学校を卒業する3年生の皆さんにプレゼントされる予定です。
以下はグループ3のメンバーによる準備の様子です。

実際に絵付けをしている様子です。


今町中学校美術部の生徒さんの中には、
絵付けだけでなく、粘土をこねるところから体験してみようというグループもありました。

仕上げの段階です。

目を入れるのは難しいので、
上級者の方に目を入れてもらい完成です。
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2009年1月17日(土曜日)

グループ1「とりあえず凧」 第6回WG

カテゴリー: - admin @ 12時30分41秒

1月15日に今年最初のグループ1「とりあえず凧」の第6回目WGが、
今町公民館で行われました。


議題は中間発表会やフォーラムで発表する成果物の検討で、
その中でも大きな山場になる凧合戦パンフレットの構成や内容、
および役割分担が主要な内容になりました。

パンフレットの内容を検討していくうちに、
北原白秋が作詞した凧民謡「よっしょい節」はかつて十番まであったとか、
俳優・池部良の父親で漫画家の池部鈞が今町まで凧合戦の絵を描きにきていたとか、
いろいろ知られていない珍しい事実も飛び出し、
内容が期待できるものになりました。


2009年1月15日(木曜日)

グループ3とグループ5の活動について

カテゴリー: - admin @ 17時11分56秒

グループ3「今町べと人形」では1月17日の午後1時、
今町子育て支援センターにて、学問成就を祈願して、
桜保育園を卒園する園児にプレゼントする天神さまのべと(土)人形の色付けを、
子どもたちのおじいさん・おばあさんや父兄を集めて体験してもらうイベントを開催します。
同時に今町中学校美術部の皆さんも、
3年生の先輩の合格を祈願して同じく天神さまのべと人形の色付けを体験します。

グループ5「うんめもん」では1月31日の午後1時から
今町公民館2F調理実習室にて、
懸案のサルサソース作りをおこないます。
当日は料理研究家の山谷久子先生に協力・指導をお願いすることがきまりました。


第二回リーダー会議

カテゴリー: - admin @ 15時58分20秒

1月13日に第二回リーダー会議が今町公民館で開催されました。
リーダによって各ワーキンググループの進捗の報告があった後、
コンサルタントの地域交流センター・明石さんから、
2月の先進地視察旅行や全体ディスカッション、
そして5月のフォーラムなど、
今後の展開について説明がありました。


明石さんの説明が終わった後、
フリーディスカッションに映りました。
フリーディスカッションではグループ6「いまなか広報かわらばん」のマンパワーの不足が、
主な話題になりました。
グループ6に一重にかかっている「いまなか風便り」作成の負担を、
他にどのように分散していくかについて討論しました。


2009年1月11日(日曜日)

グループ6「今中広報かわらばん」 第10回WG

カテゴリー: - admin @ 05時29分02秒

遅くなりましたが、皆さまあけましておめでとうございます!
今年も復興研をよろしくお願いします。
今年最初になるグループ6の第10回WGでは、
今話題の「天地人」関連の記事を載せるために、
中之島の郷土史にも詳しいグループ2の小林勝昭さんをゲストに迎えて、
今町・中之島地域の上杉氏関連の史跡についてレクチャーを受けました。
今町は歴史が浅いために史跡は乏しいのですが、
中之島は平家の落人伝説があったりして歴史も古く、
また直江兼続の居城があった与板が信濃川を隔ててお隣という近さであったこともあって、
上杉家や兼続ゆかりの寺院が残っているそうです。

また、小林さんから戊辰戦争当時の今町の地図も見せていただきました。

なお、ここで以前紹介した凧提灯が、
今町子育て支援センターで継続的に展示されるようになるそうです。
この件については詳しいことが決まり次第お知らせします。


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