地域復興調査研究協議会
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今後の予定
予定なし
見附市今町地区の概要
●基本情報

人口9,380人(2007年1月1日現在)
アクセス JR長岡駅から東三条・分水・今町5丁目行き越後交通バスで30分
北陸道中之島見附インターおよびJR見附駅から自動車で5分

●特色
   新潟県見附市の西部・刈谷田川沿いに位置する都市である。市の中心部の見附・市街地より5Km離れており、繊維業中心の見附に対して商業中心と、基幹産業の性格も異なるため、中心部の見附とは独立して発展してきた。そのため複眼都市と評されることも多い。
 国内有数の穀倉地帯である越後平野に位置するため農業が盛んである。三条と長岡の中間点にあり、また刈谷田川に面している交通の要衝であるため、対岸の中之島地区とともに米取引を中心とする商業で繁栄した。
 近年も国道8号線が地域内を通り、中之島・見附ICがすぐ近くに位置するその交通的優位性から多数の工場や大店舗が地区内に進出している。
毎年6月の第一土曜日から3日間、長岡市中之島地区と共催する大凧合戦はこの地区の一大行事として有名。

●歴史
 「今町」の名前が登場したのは、江戸時代の1665年、中之島とともにこの地域を支配していた越後新発田藩の新田開発によって従来の羽賀新田を今町新田と改称したことによる。これは藩の手によって町割(当時の都市計画)が行われた結果である
 戊辰戦争において今町は新政府軍と同盟軍の戦場になり、大きな損害を被る。その後藩政が廃止され、明治政府による1889年の市町村制の制定時に、上新田地区と合併した上で新潟県南蒲原郡今町になると復興し、周辺の農村部の生産した米の取引で再び繁栄する。
 だが、昭和に入り1942年から始まった戦時の統制経済によって米取引は大きな制約を受けることになり衰退する。
 1956年の「昭和の大合併」で住民投票の結果、南蒲原郡今町は見附市に合併することになり、見附市今町として今日に至る。
 2004年に相次いで新潟県を襲った「7.13水害」および「中越地震」でこの地域も大きな被害を受けた。


 
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